下中弥三郎

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下中弥三郎
しもなか やさぶろう
1878(明治11)〜 1961(昭和36)

 兵庫県立杭出身。幼少で父と祖母を亡くし、1899(M32)小学校正教員検定試験に合格し兵庫県教師となり、ついで1911〜1918年(M44〜T7)埼玉師範教諭。1919年教え子の青年教師を中心に啓明会を結成、教員の社会的目覚、自由獲得のための団結を訴えました。
 1920日本教員組合啓明会と改称、教育改造の四綱領を決定しました。 1923年教育の世紀社を創立、1924年児童の村小学校の設立にも協力。また1925年教育擁護同盟を結成し義務教育費全額国庫負担を要求、半額負担を勝ち取ります。その間、平凡社を創設、1935年(S10)「大百科事典」の出版を開設し成功。また1925年頃から農民自治会の運動に入り、1931年以降は大アジア主義者として活動、1940年に大政翼賛会発会に協力。戦後、戦犯として公職追放、1951年に追放解除により平凡社社長に復帰しました。世界連邦運動リーダー、世界平和アピール7人委員会委員。

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